9:初めての日
「いきなり坂なんて無茶だ。ここで練習してみな」
 校門と昇降口の間にある坂ではなく、その脇にある小さな土のグラウンドにて、ジェットはそうアンネに指示を出した。
 ところどころデコボコしてはいるが、概ね平らな地面。まずは慣れるのが肝心という理由だ。
「ふん、任せておけ。私にかかればこれくらいの事、軽―――」
 キツく、苦しい修行を自らに課しているのだ……アンネの自信はスケボーに両足を乗せた瞬間に打ち砕かれた。
「え、う、わっ……」
 スケボーの上に乗り、腰を左右にフラフラさせるアンネの姿。
 情けない慌て顔に腰はへっぴり腰、見ていられないとばかりにジェットは顔を覆う。
「わ、わ―――」
 派手に巻き上がる土ぼこり。アンネは地面とキスをした。
「っくう、ファーストキスだったというのに」
「ファーストキスなのかよ、っていうか顔から落ちるとかどんくさいな」
 ジェットの叱咤に、肩のホコリを払いながら言い返すアンネ。
「手をついたら、最悪腕が折れるからな。あえて顔からだ、あえて!」
 鼻に手をやり、顔をしかめる。アンネは鼻先を擦りむいていた。
「背中を向けて倒れる余裕あるだろ……」
「ない!!」
 断言するアンネに、フッと笑みを浮かべるジェット。
 その笑顔にただでさえ擦りむいて赤い顔を更に赤くさせるアンネ。
「な、なんだ……!」
「いや、俺だったら背中受身できたからさ。ただの優越感だよ、クックック!」
「……むぅ」
 腕を組み、口をへの字に曲げるアンネ。組んだ腕のお陰で胸が寄せて上が……らない。
 それを見てジェットはいよいよ調子に乗った。
「いや、でも最適な判断だったと思うぜ。胸から落ちてもクッションになりそうもないもんな!」
 さっと貧しい胸を隠すアンネ。怒りと恥ずかしさで、アンネの耳までもが紅潮しはじめた。
「なんだと、このトリ頭め!!」
「悔しかったら受身の一つでも取れるようになるか、スケボーに乗れるようになれ!」
「くっ……」
 歯噛みしながらも、ひっくり返ったスケボーを拾い上げるアンネ。
 恥ずかしさと悔しさに耐え、スケボーに乗り続ける。
「……うわっ!!」
 何度転んでも、転んでも、アンネは立ち上がる。
 自身が焚きつけたにも関わらず、思わずジェットは助け舟を出していた。
「ほら、俺の肩に掴まれよ。まずは感覚を掴むんだ」
「あ、ありが……かたじけない」
 照れくさいのだろう、そっぽを向いて慇懃な礼を述べるアンネ。擦り傷だらけの指が、きゅっとジェットの服を掴んだ。
「良いか、重心移動とバランスだ。お前は運動神経あるんだから、すぐにコツを掴めるはずだ」
「う、うむ……」
 片足をスケボーにのせ、もう片足で地面を蹴る。ノロノロと走り始めたところで、意を決して両足をスケボーの上に乗せた。
「うあっ!」
 視界が左右に揺れ、世界が傾き始める。必死でジェットの腕にしがみ付く。まるで木にしがみつくコアラのようだ。
「……そんなにきつく抱きつくなっての、腕が抜けんだろ。んー、しゃーねぇなぁ」
 ジェットはアンネをお姫様抱っこすると、自分がスケボーに乗った。
「え、きゃっ……な、何をするんだ!」
「いいか、体の傾き具合と重心移動のタイミングを教えてやるから、しっかり覚えろよ!」
 そのままスケボーで真っ直ぐ進んでいく。
「これがカーブさせる時の動かし方!」
 カーブをかけ、左右に曲がってみせる。
「わ、わかった! わかったから早く下ろせ! 私のお尻に触るな!!」
「うっせえ! お前が重いから手がずり落ちてんだよ!」
 ギャーギャーと騒がしいグラウンド。
 ジェットはスケボーから降り、それとほぼ同時にアンネも地面に下ろす。
「だ、誰が重いだと! お前はもう少し、デリカシーという物を覚えるべきだ!」
「知ってるが、お前には必要ないだろ!!」
 お互いに言い切り、フンと顔を横に向けてしまう二人。
 校舎側から、そんな二人の様子を観察している、もう二人。
「……なんだかんだで、仲のよろしい事ですわね」
「ラフォーネ、ジェットと練習してるアンネちゃんが羨ましいのかい?」
 ラフォーレとコナンだった。
「わ、私はお二方がサボってないか確認にいらしただけですわよ! というか、コナン様が様子を見ようと仰ったのではないですか!」
「あはは、そうだったね」
 楽しそうに笑みを漏らし、指で眼鏡をずり上げるコナンだった。

 ―――とはいっても、やはりアンネの運動神経は常人の其れを遥かに超越しているらしい。
「よっ……ほっ!」
 夕日が沈みかける頃には、平らな地面でスケボーを自在に乗りこなせるようになっていた。
「……また、極端な上達振りだな」
 呆れたような顔のジェット。
「まぁ、バランスさえ判れば、な。ジェットのお陰だ」
 降りたスケボーを脇に抱え、振りまきざまにジェットへ微笑みかけるアンネ。
 流れ煌く銀糸の髪と、薄い微笑みにジェットの胸はにわかに騒ぎ始めた。
「……判ったらすぐに出来るヤツがスゲーんだよ、自分を誇りな」
「それは当然だ、誇った上で褒めているのだ」
 首をやや傾けさせ、挑戦的な微笑み。
「やれやれ。明日は坂道だぞ、部室にプロテクターがあるから、しっかりつけてこいよ」
 コロコロ変わるアンネの表情を見て、ジェットは今までに感じた事のない愉快さを覚えるのだった。
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