8:鞍探し
 翌日は、休日だった。
「それで、お前は何に乗るか決めてなかったのかよ」
 休日にも関わらず、部室長屋、日騎部へ元気にやってきたアンネを見て安心したジェットだったのだが……
 その後、しばらくすると大きな手を額に当てて呆れてしまった。
「す、スケボーも何も乗った事が無くてな……」
 両手を前で組み、恥ずかしそうにそう申告するアンネ。
「……スケートは?」
「我が祖国、ラツバル・レツバル連邦は道が舗装されていなくてな」
 視線をズラすアンネ。これだけ石畳が整備されているのは世界でもタンドリム王国くらいである。
「ソリは?」
「我が祖国、ラツバル・レツバル連邦では雪が降らなくてなぁ」
 本当は北東部で少量降るのだが、アンネの住んでいたのは南西部、元レツバル国の領土だった。
 ジェットのこめかみがピクピクと震え出す。
「自転車は?」
「ラツバル・レツバル連邦に自転車は―――」
「いい加減にしろよお前! 魔法ロクに使えないお前は、サブじゃなくて実際に演技するしかないんだぞ?!」
 握りこぶしを振り上げて、ブチギレ状態のジェット。
「ま、まぁまぁ……自分で言うのもなんだが、私はスジがいいぞ。練習すればじきに乗れるようになるから」
 アンネは両手を広げて落ち着かせようとする。
 しかし、その行為は徒労に終わった。
「そんな悠長な事言ってられっか。大会は来週なんだぞ!」
「……え?」
 目をしぱしぱと瞬かせるアンネ。数秒間の沈黙の後、口を開く。
「大会って、日騎の?」
「そう。俺とお前のペアの、初陣だよ。来週の休日が!」
「な、なんだって!? なんでそんな大事な事を教えてくれなかったんだ!!」
「初日は基礎で手一杯で、昨日はお前辞めようとしてただろうが!! 今日が最短だろうが、どう考えても!」
 口角泡を飛ばすアンネとジェット。
「いったいどうしたのよ、全く」
 部室からソリを引っ張ってやってくるラフォーレ。
「いきなり来週が大会だと言われてだな……」
「こいつ、スケボーもローラースケートも乗れないって言うんだぜ!!」
 お互いに主張するが、ラフォーレは髪に結わえられた青いリボンを揺らして薄く笑うだけだった。
「あら、どっちも取るに足らない話じゃないの。元々ジェット&アンネ組は数合わせ、期待しちゃいないもの」
「「ぐ……」」
 歯噛みするアンネとジェット。去来する思いは、怒り。
 二人の気持ちが初めて一致した、記念すべき瞬間だった。
「それじゃ、わたくしはコナン先輩と練習がありますから。ま、せいぜい頑張って下さいませ♪」
 ふわりと羽が舞うように背を向け、飄々と学校前の坂へ向かっていくラフォーレ。
 その手で引っ張っている魔法でコーティングをほどこしたらしい雪ゾリすらもどこか上品に見える気がした。
「………私、ああいう鼻持ちならない貴族然としたヤツが気に食わないんだ」
「それは同感だが、アイツもアイツで良い所あるっていうか、努力家なんだぜ」
 普段はペアを組んでいる相手をあからさまに罵倒したくはないのだろう。ジェットは自分のハチマキに手をやりながら呟いていた。
「ま、確かにエリートっぽい立ち振る舞いだし、クラスでも浮いてるし、友達少ないがね……バディ組む時も一悶着どころか四悶着はあったし」
「……ジェットも苦労したんだな」
 同情を帯びたアンネの声。ジェットはポンと手を叩いた。
「そうだな。考え方を変えよう。アイツの最初の頃に比べたら、アンネなんか可愛いもんじゃないか。うん、そうだ」
「一人で納得するな」
 顔を赤く染めながら抗議の声を上げるアンネ。
 『可愛い』という単語だけ捕らえて恥ずかしくなったのと、ラフォーレより手がかからないというのがなんだか腹に据えかねたらしい。
「まあ、いいや。なんだか気も楽になったし……お前の乗り物を決めようぜ。さっき言ったとおり、時間がないからちゃっちゃとやっていこう」
 ラフォーレに遅れて学校前、坂へと向かうアンネとジェット。
 坂では既にラフォーレがコナンと打ち合わせをしていた。
「そうだねぇ、この季節だと氷魔法よりも暖色系の色がある魔法のほうが審査員の心象も良くなるかと……」
「なるほど、では氷魔法の中でもオーロラカーテンを使って……」
 顔と顔を突き合わせている。その距離は近い。
「なんだか、無性に腹が立つな」
「ああ、そうだな……でお前の使う乗り物だが、アイツと同じソリが良いと思うんだが、どうだ?」
 ジェットはアンネに日騎の乗り物としてソリを薦めた。
「ソリ、か」
「初心者には最適だと思うぜ。なんせブレーキと右曲がり、左曲がりくらいしか操作はないからな……」
 その分細かい調整は効かないんだが、という言葉をつけたすジェット。
 日騎は技術と美しさ、タイムを競うスポーツだ。
 ソリを使った場合、速さはピカイチだが他の2つはおろそかになってしまう。
「ラフォーレがソリを使っているのは、美しさと技術は何とかなると思ってるからだな。実際なんとかしてるんだが、なんか腹立つ」
「確かに初心者用なんだろうが、ラフォーレ殿と同じのは気に食わないな……」
 個人的な理由だが、個人競技に置いてはこういった理由も時には有効に機能する事をジェットは知っていた。
 なのであえてアンネの意見を否定しない。
「それじゃ、次はローラースケートだな。これは俺の使ってるから、色々アドバイスできるぞ」
 ジェットからローラースケートを受け取り、履いてみるアンネ。
 留め金をかけ、立ち上がる。
「お、うわ、とぁっ?!」
 次の瞬間、鈍い音と共に坂で尻餅をついているアンネの姿があった。
「ぶはははは! やっぱりやりやがったよコイツ!! ぶぁ〜か!」
 腹を抱えて笑っているジェット。アンネは頬を膨らませ、つまらなそうにローラースケートを取り外した。
「やめた、私はローラースケートを履かない」
 スケートシューズを揃えてジェットの鼻先に突きつけるアンネ。
「まあ、操作に慣れるまで時間がかかるからな、スケートは」
 どこか残念そうに突きつけられたシューズを受け取るジェット。
「となると、残りはコナン先輩も使っているスケボー―――」
「それがいい」
 ジェットに皆まで言わせず、断言するアンネ。
「え、いや、一応特徴説明とかあるんだけど。スケートより慣れるのに簡単で、ソリより操作性が良い、とか」
「スケボーが良いぞ。どうせスケートとソリの中間と言いたいのだろう?」
「確かにそうだが、お前、コナン先輩も使ってるからだろ、スケボーを選んだ理由……」
 ジェットはツッコミをいれずにいられない。
「さ、乗り物が決まったら早速練習だ。コナン殿と同じスケボーの練習をしなければな〜♪」
 余程ご機嫌なのか、鼻歌を歌いながら練習を始めるアンネ。
「やれやれ、じゃじゃ馬なお嬢さんだぜ……ったく」
 ジェットは坂の縁石に腰掛け、力なくうなだれるのだった。
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