6:不協和音
「ようアンネ、筋肉痛は大丈夫か? ま、お前なら大丈夫だろー………が?」
「………はぁ」
 ホームルーム前、珍しく早めに教室へやってきたジェットはアンネを見て驚愕した。
 まず、前日は髪を縛っていたリボンや身に纏っていた甲冑が無く、普通の町民のようだ。
 そして銀色の長髪を机の上、簾(すだれ)の様に広げたまま片頬を机にくっつけていた。
 髪の隙間から僅かに覗く顔には生気が無い。いわゆる、目が死んでいるというヤツだ。
「おい、どうしたよ? あからさまに元気が無ぇじゃんか」
 肩にかけた通学カバンを床に降ろし、アンネの席の前に立つジェット。
 アンネの反応は無い。人生が終わったような虚ろな表情。
「もしかして、筋肉痛か?」
「……………そうではないが、心はそうかもしれん」
 ようやく出てきたのはそんな言葉。
「心の筋肉痛? なんだそりゃ」
 乙女チックな表現について行けないといった様子のジェット。
 アンはむっくりと起き上がり、ジェットの瞳をじっと見据えた。
 思わず身じろぐジェット。恐怖と、わずかばかりの色気を感じて。
「ラフォーレ=ベル何とかという女に会った」
「ああ、ラフォーレ=ベルグフラガンな。あいつに会ったのか」
 ジェットは知った名前に気を取り直し、頷いてみせる。
「あいつ、生徒会役員も兼任しててな。昨日は生徒会活動で部活には出てなかったんだよ」
「あの女、コナン殿の正式なバディだと言ってきた……ジェット、教えてくれ。私はコナン殿とバディを組めないのか?」
 縋るような瞳のアンネ。ジェットの瞳が泳ぎ、逡巡した。
 アンネが塞ぎこんでいた理由が判り、同時に自分にはアンネを元気づける事も出来ないと判ったからだ。
 どう答えるべきか、ジェットは考えあぐねた。
 そしてしばらく口をもぐもぐと動かしてから、吐き出すように言葉を紡ぎ出した。
「それは……半分嘘で、半分本当だな」
「半分?」
 アンネの瞳に宿る微かな光。全ての事実を知るジェットはその光を消すのを躊躇い、つい延命してしまう。
「まず、嘘だというのはラフォーレがコナン先輩の正式なバディという事だ。アイツの本当のバディは俺だからな」
 結局、寿命が10秒延びるかどうかの違いしかない、アンネには決して伝わらない優しさだというのに。
「本当なのはお前がコナン先輩とバディを組めないという事だ。今度の大会、お前がバディを組む相手は……俺なんだ」
「そんな……それでは矢張り、私とコナン殿はバディを組めないのか……」
 がっくり、とまた机に伏せるアンネ。全身の力が抜けて、ぐったりしたような格好。ジェットは思わず奥歯を強く噛み締めていた。
「だから言ったじゃねーか、勘違いするなよって……!」
「ああ、そうだな。全て一人で早合点し、一人ではしゃいだ結果がこのザマだ。笑いたければ笑えば良いさ」
 この学校に留学してきて早々、素敵な先輩に出会えたと思えたのに先輩は結婚していて子供も生まれそう、せめて接点を持ちたいと同じ部活動に入部してもコンビすら組めない……アンネはあっさりと散っていく恋心を他人事のように眺め、腐っていた。
「あ、あのな、そもそもコナン先輩は奥さんのピリカ先輩とバディを組んでたんだよ。ラフォーレだって奥さんが産休してる間の臨時に過ぎないんだよ」
 それでもなんとかアンネを元気付けてやろうとするジェット。
 その試みは、徒労に終わった。
「そうか、奥さんが……最初から目が無かったという事を嫌というほど思い知らされるな……はは」
 薄ら笑いを浮かべるアンネ。碧の瞳が心なしか、潤んで見えた。
 ジェットは困ったようにアンネを見下ろしていたが、やがて――
「お前、いい加減にしろよな!」
 苛つき、言い放った。
 急に大声を出され、悲しみも忘れてキョトンとするアンネ。
「え?」
「俺のバディ組むのがそんなに嫌かよお前」
 ジェットの眉間に皺が寄っている。奥歯を噛み締める、魂が擦り切れそうな音が聴こえた。
「俺だってラフォーレとようやく息が合い始めてたのにバディ解消されて、それでも素人だけどお前が入ってきてくれて大会に出れると思ったのによ!!」
「ジェット………」
 昨日、何度か繰り広げたケンカとは表情がまた違っていた。
 その時もジェットは怒っていたのだが、今は怒りの質が違う―――
「素人でもスジが良いし、基礎練習でもケロッとしてたから期待してたのに……俺の眼が節穴だったよ。こっちだってな、そんな色恋沙汰しか興味の無いヘタレなんざハナからお断りだよ!!」
 ジェットの足が動いた。
 鈍くて大きい打撃音。
 アンネの机が激しく揺れた。
 机を蹴る大きな音に、ビクッと体を強張らせるアンネ。
 いくら修行をしていてもアンネには実戦経験が無いし、ジェットの怒りは戦いの時のそれとは違っていた。
 もっと八つ当たり的な、矛先を誰に向けていいのか判らない……迷った末、机に向かった無軌道な怒りには耐性がなかったのだ。
 尤(もっと)も、その行為に驚き、不快に思ったのはアンネだけではないようだ。
「くっ………」
 ジェットは物に当たってしまった自身を恥じ、顔を歪めながら降ろしていた通学カバンを肩にかけると、スゴスゴと自分の席へと戻っていった。
「大丈夫? ジェットがなんかイジメてたの?」
 緊迫していた空気が日常に戻り、弛緩していく。
 それまで教室の隅、遠巻きから心配そうに見守っていたマルソーらクラスメイト達が次々にアンネへ話しかけてくる。
「あ、あんな暴力男に何言われても気にしちゃダメだよ」
 クラス一の秀才にしてガリ勉、クラッソの言葉にジェットはギロリと視線をやった。恐れおののくクラッソ。
「……ありがとう、大丈夫だ。気にしないでくれ」
 冷静を装って問題無いとあしらいながらも、アンネの内心は嵐のように荒れ狂っていた。
(「………最悪だ、私は」)
 転校してまだ2日目、勝手に一目惚れして勝手にふられたのはまだしも、なんだかんだで自分を目にかけてくれていた相手まで失望させてしまったのだ。
 アンネは、コナンとバディを組めない事よりも、なぜだかジェットに見限られた事の方が悲しく、胸が引き裂かれるような思いを覚えるのだった。
(「日騎部、止めよう。やはり私には剣しか、魔法剣士の道しか残されていない……思えば、私に扱えるのは幼い頃より剣だけだった……」)
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送