5:青いラフォーレ
 夕日は坂の向こうへ沈んでいった。さしもの魔法王国も太陽を造り出すことは出来ないらしく、世界は闇に塗り潰されていく。
「これ以上は危険だね。今日の部活はここまでにしよう」
 パンと軽く手を叩いて練習の終了を宣言するコナン。
 アンネもジェットも、額にかいた汗を腕で拭った。
「相変わらず先輩の練習メニューは異常に厳しいぜ……」
 ジェットは坂の縁石に腰掛け、近くに置いてあったバッグを手繰り寄せる。
「ああ、良かった。今日の練習が特別厳しいのだな。騎士の修行並の過酷さだったので、少々不安になっていたところだ」
 シャツの端を握り、絞ってみるアンネ。ポタポタと、汗の雫が垂れて坂を濡らしていく。
「いや、お前のやってた基礎練習がぶっちゃけ一番きついんだけどな。反復作業だし、つまんないし。ほい」
 バッグから白いタオルを取り出すとアンネに突きつけるジェット。
「? これは……」
「使えよ、いくら暖かくなったつっても風邪引いちまうぞ」
 ジェットはタオルを投げ渡してくる。ヒラヒラと空を舞い、アンネの胸元に着地するタオル。
 タオルと、ジェットの顔を交互に見て呟くアンネ。
「なんだ。その、意外と気が利く所もあるのだな。見直したぞ」
 おもむろにバッグへ手を突っ込み、新たなタオルを取り出して頭をわしゃわしゃと拭くジェット。
「かーっ、素直にありがとうも言えないのかねこのお嬢様は!」
「なっ―――」
 思わずアンネが声を荒げそうになった時、楽しそうに口を開くコナン。
「そういうジェットも、照れてるのがバレないようにタオルで顔を隠してるんだよね♪」
「うっ……なっ、何言ってるんスか先輩!!」
 そうではない事を証明しようとタオルを頭から外すジェットだが、耳は桜色に染まっていた。
「ま、教育されましたからね、レディには気を使いなさいって。本当はクソッタレって言いたい所っスけど」
「???」
 忌々しげなセリフの割に、どこか満更でも無いような顔で吐き捨てているジェットを疑問に思うアンネ。
 しかし、その疑問は直に吹き飛ばされてしまった。
「それにしてもアンネちゃん。今日1日バディを組んで痛感したけど……凄いね、スジが良いよ」
 コナンの言葉によって。
「そ、そうですか? 修行の成果かも知れませんね」
 後頭部に手をやって、盛大に照れるアンネ。コナンはニコニコと笑いながら、スケボーを小脇に抱えた。
「それじゃ、僕は着替えてくるから。アンネちゃんもジェットも上がっていいよ。また明日ね」
「は、はい! バディ、有り難う御座いました!」
 坂を登っていくコナンの背を姿が見えなくなるまで見つめているアンネ。そして、そんなアンナを眺めるジェット。
 その瞳は、どこか申し訳無さげだった。
「お前な、その、コナン先輩とバディを組めたからってそんな喜ぶなって」
「?」
 アンネはジェットの言葉の意味を図りかねていたが、すぐに自分なりの結論を下す。
「そうか貴様、もしかして、妬いているな?」
「はあ?! なんでそーなるんだよ、お前じゃあるまいし」
 ジェットは心底呆れたようにアンネの瞳を見つめる。その真っ直ぐな瞳に、照れや偽りは映っていなかった。
「俺はだな、お前の為に言ってるんだっつーの!」
「結婚しているという所か? 確かに想い寄せた相手が既婚の男性というのは不幸だが、それだけで諦めるほど私は人間は出来てないぞ」
「それもそうだけど、それだけじゃないっての……ったくもう、思い込みやがって。恋愛に免疫の無ぇネンネはこれだから!」
「誰がネンネだ! この歩く吹き流しが!」
「吹き流しだと……この長バンダナは俺の命だ、それを馬鹿にするヤツは女だろーが容赦しねー!!」
 たちまち始まってしまうケンカ。夕飯の材料を手提げ袋に詰めた寮生達が、クスクスと笑いながら二人の横を通りすぎていく。
 こうしてジェットとアンネの凸凹コンビは、転校初日から知れ渡る事になるのだった。

――――アンネの朝は鳥と共にある。
 鳥が鳴くのと同時に、自然と目蓋がぱちりと開く。
「……やれやれ、すっかり染み付いてしまったか」
 ベッドから上半身を起こし、軽くのびをする。
 汲み置きの水を1杯口に含むと寝巻きから運動着へと着替え、赤いリボンの端を咥える。
「ん、むっ」
 大雑把に肩まである銀髪を後ろでひとつに纏めた。片結びできつく縛る。
 部屋のカーテンを開くと、茜色の朝焼けが室内へと飛び込んできた。朝日を受ければアンネのコンプレックスであるソバージュ気味な銀髪もそれなりに映えて見えた。
「良い天気だな」
 アンネはにこりと微笑むと、壁に視線を向けた。立てかけられているのは甲冑と剣。
「今日もコナン殿とバディを組む前に、体を解しておかないと……無様なところは見せられん」
 そのうち剣の方を手に取り、アンネはふらりと部屋を出ていく。
 早朝の鍛錬は、連邦にいた頃からアンネの日課となっていた。
(「連邦では、騎士を目指す者達が既に鍛錬を開始していたものだが」)
 寮の廊下はしんと静まり返っていた。時々ドア越しにいびきが聴こえる程度だ。
「この国は、平和なものだな」
 皮肉気に呟くアンネだが、すぐにその方が良いのだと思いなおし、わずかに眉をひそめる。
 そのまま寮の裏へと出るアンネ。地理的には木々に包まれた山の中腹なのだが、寮の裏は僅かに拓けていて剣を振る程度の空間はあった。
 剣を鞘から抜き、基礎的な構えと素振りを始めるアンネ。
「はっ! はっ!」
 上段の素振りが終わった頃には体の隅々から玉の汗が吹き出てくる。
 数分の休憩の後に中段の素振りを行おう。
 アンネはそう思い剣を収めた時、角を曲がってくる人影があった。
「あら」
 人影は運動着を身に纏った少女で、蒼髪に梟のような金色の瞳を持ち合わせた、一般的には美少女で通る器量だった。
「珍しいわね、こんな時間に先客なんて」
 少女は右手で前髪をかき上げ、頭に挿した羽飾りを指先で触る。その仕草が癖になってしまっているのか、前髪は左から右へと流れている。
「貴女は……?」
 訊ねるアンネの瞳をじっと見つめ、頷く少女。
「そう言う貴女は、恐らく噂の留学生……アンネ=ファゴットね?」
「いかにもそうだが……なぜそれを?」
「簡単よ、わたくしを知らない生徒は留学生しか有り得ないから」
 アンネは気圧される。
 それは高慢とも取れる言葉なのに、少女からは全く嫌味を感じないからだった。
 余裕の笑みを見せる少女。恐らく少女の言葉は事実で、自信があるのだろう。
 そう、少女には心の内からの絶対的な自信があった。
 それが、アンネにとっては巨大な壁に思えたのだ。
「ま。それとジェットから人となりは伺っておりましたから」
 少女の青い髪は日の光を浴びて天使の輪を作る。それはどこまでも青く―――
「わたくしはラフォーレ=ベルグフラガン。あなたと同じ日騎部、コナン様の正式なバディですわ」
 強烈なインパクトを持って、アンネの目に焼きつくのだった。
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