4:二人のパートナー
「うん、結婚してるよ」
 校舎の裏、木で建てられた部室の長屋。そのひとつ、日騎部部室にいたコナンは照れくさそうに顔を赤らめた。
「あ、が………」
 開いた口が塞がらないアンネ。思わずジェットが茶化す。
「おいおい、お嬢さんが発する声色じゃないぜ、ククク……!」
「なっ! ――この、デリカシーのない奴め!」
「はいはい二人とも。ケンカはしない」
 慣れた風にコナンが止めに入る。
「あ、すいません」
 つられてスッと謝罪の言葉を吐くアンネ。その余りの自然さというか手際の良さに、狐に摘まれたような顔をする。
「ケンカの仲裁は慣れっこだからね。特に気が強い女の子絡みのは」
 気が強い女の子、すなわちアンネの事を指しているのに間違いはないのだが、コナンが言うと不思議に嫌味がない。
 むしろその小さな背中に悲哀が透けて見えるようだった。
「部長は苦労人っすねえ、ホントに。ピリカさんやラフォーレのケンカも止めなきゃいけないですし」
「そう思うならジェットも少しはつっかからないでよね、ほんと……」
「へいへい、気をつけますって」
 軽く手をプラプラさせて返事をするジェット。あまり聞いてはいなそうだ。
「……さて、アンネさん」
「あ、はい」
 コナンは眼鏡のつるに手を添えて、微笑を見せる。アンネはアンネで、コナンから初めて名前で呼ばれた事に些かどきまぎしていた。
「ジェットはこれから部活で極秘練習なんだ。ジェットに一緒についていくという事情は聞いたけれど……」
 ジェットは安堵の溜息をつく。コナンが体よくアンネを追い払ってくれると思ったからだ。
「どうせなら日騎部に入って……いや、見学だけでもしてみないかい?」
 だからコナンのこの申し出に対し、盛大にすっ転んだ。
「ぶ、部長! なんでこんなトーシロを入れようとするんスか?!」
「まぁまぁ。そもそもこの部が出来て8ヶ月、1年前は僕やジェットだって素人だったじゃないか」
 やんわりと怒りを受け止めて、沈めさせるコナン。その眼鏡が微かに煌く。
「それにジェットだってわかってるでしょ?」
「ぐ……確かに、今からじゃアテはないっスけど……」
 含みの有るやり取りを経て、黙り込むジェット。アンネは状況を理解できず、コナンとジェットの顔を交互の覗いていた。
「どう? アンネさん、日騎やってみない?」
「ええと、その……」
 アンネは頭の中で諸々と本来の目的を天秤にかける。
 本来の目的……タンドリムで魔法剣を学んで魔法騎士になる事。
 コナンは素晴らしい男性だけど既に結婚していて……いやいや、それでコナンという人物の価値が下がるわけではなくて。
 それにジェットに感じる胸のムカムカを取り除く必要もある。その為にはもっとジェットの事を良く知らねばならない。
「……そう、ですね。とりあえず見学だけでも」
 結局アンネは決断を保留した。

「日騎というのは、スケボーやローラースケートで直線の斜面コースを下るんだ。途中にある3つのコブでそれぞれ1回、計3回ジャンプして技術点と美術点を競う」
 王立魔法学院校舎から正門へと続く長い下り坂。その頂上で膝にサポーターをつけながらアンネへ日騎というスポーツの説明を行うコナン。
「そして日騎の面白い点は、競技中に魔法の使用が認められてる事なんだ」
 甲冑姿で腕を組み、ほうと小さく声を上げるアンネ。
 アンネの故郷であるラツバル・レツバル連邦でもスポーツの概念はある。
 しかし、どの競技においても『スポーツマンシップ』という単語により魔法の使用は禁じられていた。
 魔法の使用が可能とは魔法王国タンドリムらしい、そう思ったのだ。
「勿論制限はあるけどね。自分を高める為の魔法のみで、他の競技者を妨害する魔法は禁止。魔法は1回の試技につき3回まで使える……」
「3回か。コブの数と同じだな。どこのジャンプでどれだけ魔法を使うが鍵になりそうだ」
 坂を見下ろし、分析するアンネ。戦術眼は彼女の国の授業で叩き込まれている。
 今度はジェットが感心したような声を上げる。
「飲み込みが早いな。1回のジャンプで1回魔法を使ってもいいし、逆に魔法を溜め込んで最後のジャンプに全てを賭けても良い……できるならな」
「できるなら?」
「魔法は詠唱とか印を切ったりとかするから……1回の跳躍で複数の魔法を使用するには高度な技術が必要なんだよ」
 コナンがアンネの疑問に答えてやる。なるほど、確かにジャンプ中など不安定な状況で魔法を使う事は難しいだろう。
「私はまだ魔法をほとんど使えません。となると、入部しても役に立たないのでは」
「まー別に数合わせだから――」
 ジェットの口を、コナンの手が塞いだ。その速さに舌を巻くアンネ。
(「目でやっと追えるくらいだった……やっぱりコナン先輩は、強い」)
「大丈夫、そんな人を救済する為のシステムがバディ制さ」
「バディ制?」
「簡単に言えばサポート役だね。競技中にバディの人はプレイヤーへ魔法をかけてあげる事ができるんだ。二人一組で試技に挑戦できるってコト」
 実際にやってみせるよ、そう続けるとコナンはジェットを呼び寄せる。
「了解っス。それじゃ……」
 コナン、ジェット共にスケボーを坂に置き、その上に飛び乗る。
 坂を併走する二人。コナンが最初のコブに差し掛かると、脇のジェットが詠唱を開始した。
「緑の原子を紐解き――飛翔せよ、フライ!」
 コブの横を通り抜けざまに、コナンへ魔法を掛ける。コナンは大きくジャンプしたかと思うと、その背に羽が生えたように天へと飛んでいく。
「高……」
 あんぐりと口を開けて天を仰ぐアンナ。コナンは太陽に吸い込まれるようにして、縦に1回転を決めて着地する。
 着地点は坂の頂上、ちょうどスタートしたところだ。見事なまでの空間把握能力だった。
「ま、こんな感じでサポートがあるんだ。僕がバディとして君をサポートするから、君は普通にジャンプするだけでも良いのさ」
「なるほど……」
 スケボーを止め、坂を地道に登ってくるジェットを見つめながら呟くアンネ。
 魔法を使わずに運動をするだけなら、厳しい修行をくぐりぬけてきたアンネにも自信があった。
「ひとつ聞きたいのですが、付与系の魔法は使用可能ですか? 例えばスケボーを強化したりとか」
「それは大丈夫だよ。スケボーを速くしたりとか、逆に遅くしたりとか色々仕掛ける選手もいるよ」
 コナンの答えを聞き、アンネは決意を固めた。
 日騎を行う事が、魔法剣を扱えるようになるという目的に対して遠回りになる事もなさそうだからだ。
 魔法剣はその名の通り、剣に魔法を付与する魔法である。日騎で覚えた付与魔法を剣に流用する事もできそうだ。
「わかりました。私、日騎部に入部します」
 そう、はっきりと宣言する。
「あー、なんかそんな気がしてたんだよな」
 ちょうど坂を上り終えたジェットにとっては嬉しいようで嬉しくない、微妙な宣言だったようだ。
 立てたスケボーの先端を地につけると後部に両腕を乗せ、持たれかかる。
「そっか、ありがとう! これからよろしくね!!」
 嬉しそうなのはコナンとアンネの二人ばかりなのだった。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送