ピリカの勢いは止まらない。烈火の如き怒りに身を任せて、口を動かし続ける。
「大体一生かかっても習得できないかも知れないじゃないの、そうしたら私はずっと先輩と一緒にいられるわよね!? 違うっ!!?」
 雲の陰に入り、サッと辺りが暗くなる。ピリカの着ている白と青のツートンカラーのワンピースが、強くはためき出した。
「ちょ、ちょっとピリカ、落ち着いて……」
 コナンも必死で宥めるが、ピリカにコナンの言葉は届かない。ピリカがここまで我を失うのを見たのはコナンも初めてだった。
「コナンなら、コナンならわかってくれると思ってたのに!」
「そんな……他の人の気持ちが完全にわかる人なんて居る訳ないじゃないか、ピリカだって僕の気持ちを――」
「うるさぁい!!」
 途端、眩い閃光の後に耳をつんざく轟音が響く。後ずさるコナン。
「かみな、り……?」
 同時に、コナンは自らの頬に冷たい感触を覚える。眼鏡に落ちてくる数多の水滴。頭上を見上げると、どす黒い雲が辺りを覆いつくすように展開していた。オープンカフェに居たお客は口々に悲鳴を上げながら屋根のある店内へと逃げ込んでいく。
 にわか雨とも思われたが、コナンにはこの急に現れた雷雲が自然発生したものとは到底思えなかった。
「ピリカ!!」
 視線をピリカに戻すコナン。ピリカは怒りに満ちた目でコナンを睨んでいる。オレンジ色のツーテールが雨粒の襲撃にも負けず、強くはためいたままだ。
「もう、もう何もかも知らない。みんないなくなっちゃえば良いのよっ!!」
 ピリカから、一陣の風が巻き起こる。それは突風となってコナンを襲う。
「うっ……!!」
 立っているだけでは吹き飛ばされそうになる。前のめりになり、備え付けのテーブルの足に両腕で必死にしがみ付く。
 対するピリカは突風の反動を受けるようにふわりと宙に浮き、カフェの屋根に着地する。悪鬼のような形相で、眼下のコナンを見据えていた。
「ピリカ、正気に戻るんだッ! そんな無茶な魔力を何回も使ってたらピリカの身体がもたないッ!!」
「うるさい! うるさいうるさい! 私がどうなったってどーせ誰も哀しみなんかしないのよ!!」
 コナンは飛びすざる、と次の瞬間にテーブルへ雷が落ちてきた。バケツをひっくり返したような大雨にも関わらず、赤い炎がテーブルを貪欲に食らいつくしていく。
「くっ、どうすれば……」
 雨で額にべったりと張り付く前髪を拭おうとせずに、コナンはただ上方のピリカを見つめていた。
 コナンにはいくら魔法の知識はあっても、それを実践できる体力がない。自分に行使できる魔法のうち、何を使えばピリカを止められるのか、必死に頭を回転させる。
 幾ら考えても答えは出ない。ピリカの魔力は膨大だ、そもそものキャパシティが桁違いなのにどうしてコナンがピリカを止める事ができようか。
 その時、コナンの後ろから声をかけてくる人物がいた。
「お困りのようですわね」
「アンジェリカさん……!」
 振り向いたコナンの目に飛び込んでくるのは大きなもや。そしてもやの向こうから見える姿はアンジェリカその人だった。
「このような雨を降らせて……ピリカも乱心が過ぎますわね」
 アンジェリカの周りには、薄い炎の膜が張られている。雨を蒸発させる事で濡れる事を防いでいる、いわば炎の傘だ。豪雨を一滴も浴びずに、つかつかと近寄ってくるアンジェリカ。コナンへ向き直り、にこりと微笑んで見せた。
「トンコウ様、ピリカを救うお手伝いを致しますわ」
 煌く赤を身に纏った炎の魔女。その姿に一瞬ぼうっと呆けたような顔をしていたコナン、すぐに平静に戻り眉をきりっと正す。
「……ありがとう、助かる!」
 S組のアンジェリカは魔力よりも体力が強いタイプの魔法使いだ。勝機を見い出したコナンはすぐにアンジェリカの肩に手を添える。
「えっと、ト、トンコウ様?」
「其の身体は軽やかな羽を有し、熾天使と為りて、っと」
 頬を染めるアンジェリカへ光った指を突き立てるコナン。
「コレで良し、シェイナ魔法でアンジェリカさんをブーストさせてるよ。屋根くらいなら軽く跳べる身体能力になってる、はず……」
 力を使い果たしたか、がっくりと水溜りに両膝をつくコナン。
「お願い、ピリカを……このままじゃ、ピリカが………」
「トンコウ様……わかりましたわ、必ず、必ず、ピリカを止めてみせます!」
 一歩を踏み出すアンジェリカ。その瞬間、自分の体が自分の物ではないような感覚を覚える。
(「軽い……蝶のようですわ! 全てが、ゆっくりに見えます!」)
 軽くテーブルとテーブルの間をすり抜けていくアンジェリカ。落ちてくる大量の雨粒、その一滴一滴すら視認できた。
 風を切るように跳躍、屋根の上まで一足飛びに移動する。見る間に近づいてくるピリカの姿。
「アンジェまで……アンジェまで私の邪魔をするのね!!」
「……当たり前でしょう! 貴女は私の敵なのですから!」
 連続で屋根の上に雷が落ちる。それを視認してから、かわしていくアンジェリカ。叫びながら、ピリカへと肉薄する。
「いつもいつもトンコウ様を独り占めにして、それにも気付かないでシモン様シモン様……」
 おもむろに右手を振り上げる。ピリカの身体は反応できない、大気を巻き起こして防御壁を作る。
「私は、こんな人の為にトンコウ様を諦めようか迷ってましたのね!」
 右手に炎を纏わせる。風を振り払う烈火の炎。
「少しはトンコウ様の気持ちを、そして私の気持ちにも気付きなさいなーっ!!!」
 小気味良い音が響く。
 炎のビンタが、ピリカの頬をきつく叩いた。吹っ飛び、屋根から落ちそうになるピリカの腕をアンジェリカの左手が繋ぎとめた。
「アン、ジェ……泣いてるの?」
 正気に戻ったピリカが、不思議そうな声を上げる。
「……これは、雨ですわ」
 雷雲が蜘蛛の子を散らすように大空から消えていく。雲の切れ間から、徐々に光が差し込んでくる。
 雨上がりの屋根の上、アンジェリカの頬が濡れていた。
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