翌日の昼、半日授業という事もあり皆が浮かれ気分で下校を始める中、コナンはピリカの姿を認めて声をかけた。
「ピリカ、ちょっと良い?」
「ん、私もコナンに用があったのよ。お願い、ノート写させて! 休み明けには返すから、ね?」
 両手を合わせて拝み倒してくるピリカの頬には教科書の跡がついている。コナンはひとつ溜息をついて、カバンからノートを取り出して渡す。
「仕方ないなぁ、ホントに……」
「えへへ、ありがとっ!」
 受け取ったノートをしまいこみ、ピリカはコナンに向き直る。
「んで、何?」
「んー。ほら、例の件なんだけど……」
 キョロキョロと辺りを見回すコナン。教室にはまだ生徒が残っている。多くの人がいるところでは話にくい話題なのだろう、そう察したピリカが場所変えを提案する。
「とりあえず、『アラモード』にご飯食べにいかない? もう私、お腹ペコペコで」
 アラモードとは、王立魔法学院からほどなく行ったところに居を構えるオープンカフェの名だ。厳選素材で作られたハムサンドと紅茶は絶品との評判だが、素材を厳選しすぎた結果値段も高く学生には不評だったりする。生徒が訪れる事も少ないと思われるし、コナンにとってはピリカと昼食を採るという行為はとても魅力的だった。二つ返事で頷く。
「了解、そうしよっか」
「やったー♪ あそこのハムサンドめちゃウマじゃない、久しぶり〜! ……ちなみにコナンのおごりね!」
「それは駄目」
「ぶー」
 喜んだと思えばむくれるピリカ、コナンはそんな彼女の表情を飽きもせずただ見つめていたかった。
「っしゃ、それじゃ早速善は急げ! 売り切れないうちに行きましょ」
 一方ピリカはロッカーからスケボーを取り出すと、すぐに廊下へと駆け出していく。
「売り切れないって……」
 コナンも一言ボヤいて後を追う。教室がまた少し、静かになった。
「最近あの二人、様子がおかしいですわね……」
 そんな中、教室にて佇んでいるアンジェリカは面白くなかった。ここ2、3日、愛しのコナンは真剣な表情で思案していたりピリカと話していたりで話しかけるスキもロクすっぽない。今もまた、連れ立って目の前で消えていったではないか。
「調べてみる必要がありそうですわ」
 アンジェリカは腕組みをしたまま深く頷くのだった。

 目の前に出されたハムサンドを、獲物を狙うハイエナの如き素早さでピリカが掠め取った。
「そんなに急がなくても僕は取ったりしないよ……」
『アラモード』店内、白い木椅子に腰掛けて向かい合う二人。コナンは自らが注文したカルボナーラをフォークでクルクル巻き取っている。
「むぐ……まあ、そうなんだけど。話には聞いてたけど、本当にパスタ好きなのね」
 手に取ったハムサンドを一口頬張り、ごくりと飲み込んでから口を開くピリカ。コナンは超がつくほどのパスタ好きだった。
「3食全部パスタの日とか、あるからね」
「マジで?! スゴイわね〜。私にはとてもマネできないわ」
 あっけらかんと言うコナンをピリカはどこか呆れたような、可哀想な目で見る。
「色んなモノを食べてみると良いのに。もっと美味しいものもあるかもよ?」
「パスタは充分に美味しいから、他に探す必要もないよ」
 黙々とパスタを口に運ぶコナン、普段人当たりの良いコナンもパスタに関しては譲れないところがあるようだ。溜息を一つついて、ピリカは話を切り出した。
「それでさ。シモン先輩の事なんだけど……昨日の用事で何かわかったの?」
「ああ、うん。ちょっと待ってね。もうちょっと食べたい」
 コナンはコナンで話を止める。シモン関係の話をすれば昼食が不味いものになる事は確実だったし、二人のランチタイムをもう少し楽しんでいたかった。
「あっそ……私も私で情報を聞いてみたんだけど、かなりの木好きだってね。なにか木工品のプレゼントでもすればよろこんでもらえるかな?」
 気にも留めないといった風に一人で話し続けるピリカ。そのオレンジ色の瞳には夢見る乙女の星が煌いている。
「でも私、ちょっと手先は器用じゃない方じゃない? コナンに代わりに木のアクセを作ってもらう……ってのは駄目ね。やっぱりヘタでも心を込めて作ったモノを贈りたいし――」
 ともすれば夕暮れまで続きそうなピリカのおしゃべりを、ついにコナンは止めようと口を開く。彼は深刻で、真剣な表情だった。
「シモン先輩を追いかけるの、止めた方が良いよ」
 いつになく強い口調。先程パスタについて語った時と同等か、またはそれ以上だ。
 それがわかったからこそ、ピリカはハムサンドを皿の上に戻し、まなじりを決した。
「……どうして? コナンの事だから、理由があるんでしょ?」
「これを話すとピリカにとって不愉快な話になると思うけど……」
 そこまで言ってコナンは自分の発言の愚かさに気付き、薄い苦笑いを見せる。
 そもそも恋を諦めろとはっきり言い放った時点で、ピリカにとっては不愉快な話なのだ。今更気をつかっても仕方がない。
「多分、ピリカがうまくやれば告白は成功すると思う。ピリカはシモン先輩と恋人になれるよ。でも、それは決して約束された永遠の幸せじゃない」
 ピリカは類稀なる天候魔法の素質を持つ逸材だ。未知の魔法を欲するシモンからすれば絶好の『研究対象』になるだろう。ピリカとのコンタクトを拒否する事もないはずだ。
 シモンは魔法を身に着ける為に恥も外聞も無く全力を注ぎ込む。必要があれば悪魔にも魂を売る事を厭わせないその姿に、コナンは危険なものを感じていた。
「……永遠の幸せなんて、約束されるものじゃないわよ。約束って、破られる為にあるんだから」
 ピリカはコナンから顔を背ける。斜に構えたその瞳には、憎しみや寂寥が多分に混じっていた。
「ごめん、そういう意味じゃないんだ。シモン先輩は魔法の習得に執念を燃やしているから、ピリカが天候魔法の使い手と名乗れば興味を持ってもらえると思うけど……」
 はっきりとコナンはピリカへと告げる。
「それは魔法学院と同じで研究対象としかピリカを見てくれないよ。天候魔法についてわかったらすぐポイさ」
 最後の一言には悪意が込めらていた。それはコナンの嫉妬に相違ないが、頭に血が上ったピリカが気付くハズもない。怒って即座に反論する。
「なんでそこまで言い切れるのよ? 過去捨てられた女の子でもいたワケ!?」
「それは、いないけど……僕にシャイナ魔術を教えろって脅は――」
「いないんじゃない! なのにそうやってシモン先輩の悪口を言うのね!!」
 のべつ幕無しにまくし立てるピリカ。こうなった彼女には例え正論でも通用しない。彼女は純情で真っ直ぐな少女だったが、屈折した幼少時代を過ごした結果、間違いと判っていても退けない頑固な一面を持っていた。例えるならば地面へ斜めに突き刺さった鉄の剣だ。
 悲鳴にも似たピリカの剣幕に、周りの客も痴話ゲンカかと二人を注目しはじめる。
 喫茶店アラモードの上空に、黒い雲が集結しつつある事にまだ誰も気付いていなかった。
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