(「またこの誤解か……」)
 コナンはあからさまに一つ溜息をついた。その言葉は聞き飽きた、とでも言いたげだ。シモンはシモンで、コナンの溜息を演技と見て大げさに肩を竦めてみせる。
「おー怖い、口封じに僕を殺すかい? 言わなくても天才の君なら判ると思うけれど、この部屋には色々と僕に有利な条件が揃っている。タダでやられはしないよ?」
「……なにか、勘違いしていませんか?」
 しばしの間の後、コナンが見せた表情は苦笑いだった。どこか悲しそうな、それでいて憎しみの混ざった複雑な表情。
「していないとも。小国であるシェイナ皇国が今もなお生きながらえているのは完璧なまでの秘密主義と、ニンジャと呼ばれる諜報員による他国の諜報活動だ」
 シモンは両の手を広げ、饒舌に語り出す。
「どこの国でも多かれ少なかれスパイという職業は存在しているが、特にシェイナニンジャの技量は世界一と噂されている。それは彼の国は独特な魔法技術を用いての育成があるかららしいね」
 愉快気な笑みを見せるシモン。自分は今、そのような優秀な諜報員をやり込めているのだという強烈な優越感を味わっているのだ。
「ニンジャを見た事もないくせに」
 明らかな嫌悪を示すコナン。ちなみに真実、コナンはニンジャではない。そもそも彼は父がシェイナ人であるもののタンドリム王国で生まれ、育っている。父からニンジャの存在を聞いた事はあるものの、シェイナを訪れた事すらないのだ。
「君は仲間だからあるだろうけれどね、普通は見れないんだよ。彼らが最高峰であるが故に」
 得意になっているシモンは、自らの言葉が孕む矛盾に気付かない。コナンが本当に最高峰の諜報員ならば、いくら誘導尋問しようが口を滑らせる事はないのだ。
「……確かに僕はシェイナ人の血を引いていますが、故郷はこの国、タンドリム王国です。シェイナに行った事もありませんし、ニンジャも噂に聞いた事がある程度です」
 一点の嘘偽りもなく、キッパリと言い切る。シモンもただの愚鈍ではない、その目が放つ真実の光にようやく気付く。シモンの口元が、微かに歪む。
 それから数瞬の後、その歪みが上向きなった。
「ククッ、別に君が本当にニンジャかどうかなんて『この際どうでも良いんだよ』」
「……どういう事ですか?」
 そらっとぼけるコナン。本当はその言葉の意味を知っていて、あえて先を言わせる。これから受ける屈辱を前に、せめてもの優越感を味わいたかった。
「一度ニンジャだと嫌疑をかけられれば、そうではないという証明などできない。ニンジャかも知れない、はニンジャであると同義なんだよ」
 人は自分とは異質の存在に拒否反応を抱く。ましてや他国のスパイだと思われればつまはじきにされ、マトモな生活は送れないだろう。つまりこれが、シモンの脅迫なのだ。
「はぁ………そうですか」
 内心コナンは的外れな脅迫だな、と思う。恐らくシモンは他人の気持ちを慮る事が出来ない性格なのだろう。
 そんな嫌疑は生まれてこの方14年間、かけられっぱなしなのだ。
 謎の国シェイナの血に周りの人々は多かれ少なかれ不審感を持っている事を、聡明なコナンは幼少より気付いていた。例えば彼はいくらテストで満点を取ろうと、S組に組み込まれる事はない。
 時折向けられる差別の目、それはシェイナの血が流れる者の宿命。そう父には教えられていた。
「答えを出す前に、ひとつ聞かせてください」
 もう既に受けている脅迫に応じる利点はひとつもない。だが、ピリカの為に少しでも多くシモンの事を知らなければならない。だからコナンは紅茶に口をつけつつシモンへ訊ねる。
「シモン先輩は、なんでそんなにシェイナ魔術を欲するんですか? 魔法使いが探究心旺盛なのはわかってますが、 それにしても今回のお願いは度が過ぎませんか」
 シモンの笑みが消える。能面の無表情。ふっと、コナンの視線から逃れるように天井の角へ視線を向けた。
 それは自分の胸中を吐露する事でコナンをその気にさせられるか、計算しているようにも見える。
 しばしの後、シモンは口を開いた。
「……いいだろう、答えてやる。僕には才能がないからだ」
「才能がないなんて、先輩は基本4大元素を完璧――」
「それは基本しか扱えなかっただけだ!!」
 コナンの言葉を強い口調で遮るシモン。刻まれた眉間のシワが、深い苦悩を物語っていた。
「名門ローゼンクロイツ家に生まれた僕は、特別な魔法の素養を持って生まれてこなかった。父母は僕になんの素養もない事を知り、落胆したそうだよ。僕は両親に認めてもらいたくて、兄弟に負けないように必死で勉強したさ。人は僕を天才と呼ぶけれど、それは違う。造られた、ただの秀才でしかないんだ……!」
 思い切りテーブルを叩く。卓上の紅茶が激しく揺れ、飛沫が散った。
「だから僕は色々な魔法を識り、把握し、行使し、実践したい。そうじゃなきゃこんな恥さらしの行動なんて取るもんか!!」
「……そうですか、なるほど。わかりました」
 シモンの答えから導き出したある答えを胸に秘め、コナンはすっくと席を立つ。
「ああ、それじゃ―――」
 期待に満ちた目でコナンを見上げるシモン。それを打ち消すように、コナンは首を振った。
「僕は先輩に協力する事はできません」
「――え?」
「それでは、失礼します。紅茶、ご馳走様でした」
 驚愕の顔を見せるシモンを他所に、コナンは軽く頭を下げてシモンの自室を後にする。木のドアが音も無く、ゆっくり閉まった。
「なん……だって……」
 シモンは一人残された部屋、掠れた声でただ呟いていた。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送