コナンは首を巡らせ、ピリカやアンジェリカの尾行が無い事を確認すると一つ大きく息を吐いた。
「……ふう」
 今、あるドアの前にコナンは立っていた。
 樫の木で出来た、重厚なだけで華美の欠片もない無粋なドア。しかしこのドアこそが王立魔法学園高等部首席、シモン=ローゼンクロイツの寮部屋へとつながる扉なのだ。
 懐に忍ばせたシモンからコナン宛ての手紙。それをコナンはローブの上から軽く撫でて確認した後に咳払いし、手の甲で二度、軽くドアを叩く。
 数瞬の後、ドアの向こうから来客を招き入れるべくシモンの声が聞こえてきた。
「入れよ、コナン=トンコウ君。丁重に御持て成しさせて貰うよ」
 ドアの向こうから正体を当てられても、コナンは身じろぎもしない。高等部男子寮の各所に、シモンによる監視の魔法が掛けられている事を、コナンは知っていた。
「……失礼します」
 ゆっくりと木で出来たドアノブを回す。軋んだ音を立てながら、ドアが開いていく。
「ようこそ。紅茶は好きかい?」
 引き開けられたドアの向こう、ロッキングチェアに腰掛けて黄昏るシモンがいた。揺れながら気だるげに、天井の隅を見上げている。
 そんなシモンの前には木製のテーブルが置かれている。更にテーブルの上、紅茶を注がれ湯気を立てているティーカップすら木で作られていた。
 茶褐色に塗り込められた部屋。シモンは木が好きであり、同時に金属を忌み嫌っていた。
「……ええ、好きですよ。珈琲はどうも僕には苦くて」
「シェイナは緑茶じゃないのかい」
 視線を宙に投げかけたまま、シモンはコナンに座れと手で示す。コナンも促されるままにシモンの向かい、普通の木椅子に腰掛ける。
「シェイナ茶を知ってるんですか……」
「いや、今のは皮肉なんだけどね。君はもうちょっと聡い子だと思っていたが」
 新たなティーカップを取りにサイドボードへ向かうシモンは、何気なくそんな言葉を放つ。いきなり向けられた悪意へ戸惑うように、コナンの眉が8時20分の形に寄せられた。
「……………」
 二人とも一言も話さない。ティーカップに注がれる紅茶の音だけが部屋に響く。血のような赤、アッサムティーだ。
「さあ、どうぞ召し上がれ、と」
 シモンはどこか面倒くさそうに、ずいっとティーカップをコナンの前に出してくる。コナンはそれに手をつけず、ようやく口を開いた。
「手紙を読みました」
 コナンの目は、ただ真剣にシモンを見つめていた。
「『君の秘密を露呈されたくなければ、我にシェイナ魔術を教え給う』という事ですけれど、秘密とはなんですか?」
 手紙に書かれていた文面を、一字一句間違いなく読み上げる。
 それは確実に、脅迫だった。
 言葉という短剣でコナンの心を抉る行為。ピリカの件が無くとも元より、コナンはシモンへと会う理由があったのだ。
 投げつけられた直球を、シモンは柔らかく受け流す。
「秘密は秘密だから、秘密なのさ。言ってもいいのかい?」
 コナンも一度では諦めない。粘り強くもう一度、鋭い言葉を投げかける。
「構いませんよ。どうせこの部屋には防音魔法がかけられて――いるんでしょう?」
「……セキュリティ上、確かに防音魔法は施してもらっているよ。流石中等部の隠れた首席といったところか」
 シモンの目に、はっきりとした敵愾心が現れる。忌々しげな、憎悪の目でコナンを見据えていた。
「それとも、それもシェイナでの『教育』の成果なのかい? シェイナ皇国の諜報員君」
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