やあ、モルル銀行本館へようこそいらっしゃいました。私が当銀行の責任者です。
 しかし、私が言うのもなんですが……珍しいですね、本館に冒険者のお客様がいらっしゃるなんて。
 なんせほら、別館の方が立地が良いじゃないですか。そりゃまあ、ここよりも行き易い場所に建てさせたのは私なんですけど。
 ……ああ、わかった。迷われたんでしょ。
 この村は大樹の上にありますし、文字通り複雑に枝分かれしてますものね。初めてこの村を訪れた人は迷うものです、私だって初めはよく迷ったもんですよ。
 え? あ、はい。私は元々この村の人間じゃありません。王都インフェリアから銀行を建設する為に出向してきたんです。
 今でこそこうして馴染んでますけどね、当時はそりゃ厳しかった――って、詳しく話を聞きたいですって?
 ますますもって珍しい方ですねえ、あんまり面白い話でもないですが……わかりました、お話しましょう。
 木陰の村モルルに銀行が建設されるまでの物語を―――

 私が初めてこの村を訪れた時は、それはもう疲労困憊でした。
 王都インフェリアから船を乗り継いできて、モルル港に渡ってからはしばらく徒歩ですからね。
 それに加えてモルルは縄梯子を登ったりしなきゃならない。昔の私は――今もですけど――いつも屋内で事務仕事ばっかりしてましたから、非常に良い運動になった事をとても良く覚えています。
 それでひいひい荒い息を吐きながら、モルルの一番上にあるパドック村長宅まで挨拶に行った訳です。
 この村に越してきた挨拶と、村に銀行を建設するお願いをしたんですが……パドック村長はあまり良い顔をしておられませんでした。
「この村に、銀行などという貨幣制度を定着させる施設は必要ないと思うが……考え直さんかね?」とか言うんです。
 しかし私は、簡単に食い下がりはしませんでした。
 それというのも私は本社での派閥争いに負け、栄転とはいうものの、実際は左遷させられてきたんです。
 こんな地方の田舎村に飛ばされて悔しい、なにかしら実績を作って本社のヤツらを見返してやりたい。そんな憎悪にかられたような思いがあったんです。
「いえ! 私は必ず、この村に銀行を建設して見せます」
 結局そう言い切っちゃったんですね。今にして思えば、村長のあの発言は慈悲であり、同時に試しであったんでしょう。
 モルルは森の奥にある村だから、村の人たちは排他的というかなんというか……よそ者に厳しかったんです。
 村人の説得をお願いした神父さんまで、他人の資産を利用して私腹を肥やす銀行は真環聖典の教えに反しているから、とか言ってすまなそうに目を伏せるんです。寛容と博愛が基本精神のセイファート教も、守るべきは村人達で遠来からやってきた異教徒には救いの手を差し伸べてくれないようでした。
 そんなこんなで数日経っても一向に支援者は現れないし、大工さんもなにかしら理由をつけて銀行の建設を断ってきます。
 建設資金は貰っていても、一人じゃ銀行を建設なんて出来ません。しばらく悶々と宿賃を食いつぶす日々を過ごしたあと、私は一人の人物を訪ねる事にしました。
 もしかすると貴方も会っておられるかもしれませんね。政治と綿密に絡み合う学問に嫌気が差し、モルルにて隠遁生活を営んでいる賢人、マゼット博士その人です。
 とはいっても、私はマゼット博士を支援者にしようなどとは最早思っていませんでした。
 隠遁するようなお方が銀行を良しとする訳もないと思いましたし、よそ者だったマゼット博士がどのようにして村に馴染んでいったのかを教えてもらいに伺ったんです。
 マゼット博士は私の不躾な訪問にも快く応じてくださいました。眼鏡の奥に見える穏やかな瞳は、どこか悟りを開いた聖人のように見えたものです。
 どのようにすれば彼らに私を、そして銀行を受け入れてもらえるのか?
 私の質問にマゼット博士は深く考え込むようにゆっくりと目を閉じます。
 そしてしばらくの逡巡の後、博士は重い口を開きました。
「これから、貴方にとって些か気分のよろしくない話をする事になります」
 物々しい言葉に、私は背筋の芯まで硬直する思いでした。どんな言葉を投げかけられても大丈夫なように、心の準備をします。
「失礼ですが――貴方の方も、この村を受け入れようとしていますか? 見事なまでの片田舎だとか、どこか見下した感情があったものと推測しますが」
 心の防御をしていたというのに、その言葉は白銀のナイフと化して私の胸に深々と突き刺さりました。
 今はともかく、昔の私はたしかに田舎に飛ばされたと思っていましたから……正直堪えました。
 田舎だからと見下すのではなく、自分もその輪の中に飛び込んでいかなければならない。村に溶け込もうという気持ちがあの頃の私には欠けていたんです。
「ほっほ……図星のようですね。恥ずかしがる事はありません、実は私もはじめの頃はそう思っていたものです。隠棲するにはうってつけの山奥だ、とね。隠棲などという単語を使っているうちはいかんのです、ただ私はここに居るだけと思えるようにならねば」
 場をとりなそうと、朗らかに笑うマゼット博士。博士にもそんな時期があったなどとは到底信じ難いので、私はあれは方便だったのではないかと思っています。
 マゼット博士は笑いながら、なおも続けました。
「貴方は、この村に数日滞在して……本当にこの村に銀行を作りたいと思っていますか? 必要だと思いますか?」 一瞬引き抜かれたナイフが、再度心臓に突き刺されました。
 心の弱いところを突かれてえぐられていくような、そんな絶望感。
 モルルでは未だに物々交換が主流です。勿論旅人向けの貨幣も使われていますけれど、お隣さんの醤油を貰ったりする時は変わりに夕飯のおかずを一品持っていったりとか、そんな感じで。
 そんな村に銀行が必要かと言われると、私自身必要だとは明言できなかったのです。
「それは―――」
 言葉の詰まる私にマゼット博士は続けます。
「今の質問に、即答できるようにしなさい。貴方に真の熱が、シャンバールの熱砂のような魂があるのならば、村人達の氷は溶かせるでしょう」
 つまり、マゼット博士は私に「自分が納得できていない事柄を、他人に押し付けようとしても無駄だ」と説いてくれたのですね。自分が自分を信じられないでどうする、と。
「あ、ありがとうございますっ!」
 私はいつのまにか、うわずった声で博士へお礼を述べていました。
 そしてそのまま、博士の声もロクに聴かずに家を飛び出して行ってしまったんです。体を動かさなければ自分に自身が持てないような気がしたんですよ、ははは……。
 その足で私は大工さんに建築を頼みました。銀行は作らないと蔑みの目で見る大工さんへ、私は満面の笑みで返してやりましたよ。
「作って欲しいのは銀行ではなくて、私の住む家ですよ」ってね。今ではその大工さんもとても仲の良い友達です。

―――それから私は、自分の家を改装して銀行を開きました。改築に改築を重ねた自宅が最終的に此処です。
 本店がこんな辺鄙なところにあるのは、まあつまり……村の新入りだった私にあてがわれた土地が此処だったからなんですよ。
 銀行といっても、お金の保管はほとんどしませんでした。やっていたのは品物の保管。わかりやすく言うと、物置きです。手数料も取らずに、季節モノなんかはウチに置いてくれて構わないってやってました。
 この業務を考案したのは、村人達の農作業を手伝ったりしているうちに農具置き場が遠いのが不便に思ったのがヒントになったんですよ。本当にマゼット博士さまさまです。
 自分がこの村に必要だと思った事を実行しているとボチボチと農具なんかを置いてってくれる人が増えて、徐々に銀行の経営も軌道に乗っていって今に至る……という訳です。
 どうですか? はじめに言った通り、そんなに面白くもないでしょ?
 あ、首を縦に振らないでくださいよー、貴方が聞きたいって言ったんじゃないですか。
 はい? それで悩み事はないのか、ですって?
 そうですね、最近はオーロックスを預けようとするお婆ちゃんがいて困ってますよ。いくらウチでもナマモノは預かれないですもん。
 PENクエスト? なんですかそれ、全く存じ上げませんが……ってあれ、ちょっと、貴方?
 どうしてそんな残念そうな顔をして帰ってくんですか? そんなに私の話はつまらなかったんですかぁぁ……

(了)
●あとがき
 私のキャラはモルルに居る訳で。
 初めてモルルに出た時は迷いまくって気付きもしなかった事なのですが。
 なんであんなとこに銀行の本店があるんだ!
 明らかに支店のほうが行きやすいし、誰も利用しない本店。
 どうしてなのかな、と妄想したらこんなお話が出来ました。
 自身を納得させられない事を、他人に納得させるのは至難の業だと思います。
 自分を信じて頑張って行こう、そんな気持ちになっていただけましたら幸いです。
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