朝は自然と目が覚める。
 枕元をまさぐり年代物の懐中時計を確認する。
 魔導時間5時、農家の朝は早い。
「いつから俺は農夫になったんだか……」
 ぼやきながらも寝巻きを脱ぎ、長袖のシャツとオーバーオールを着る。
 万年床の布団の上を歩き、カーテンを開ける。まだ明けきらない、茜色の空がプチトマト畑の向こうに広がっていた。
 空の茜とプチトマトの真紅、葉の深緑とが合間ったその光景は、寝ぼけたままの俺の目を覚ますには丁度良い刺激となって飛び込んでくるのだ。
「よーし、朝飯食ったら今日も作業すっか!」

 畑に出た俺は熟したプチトマトを数個もぎ取る。次に井戸へと赴き、洗って食べる。
 これが俺の朝飯だ、栄養は昼と夕に採る。朝食はしっかり食べないといけないと良く言われるが、生憎俺の胃は朝からたらふく飯を食べられるようには出来ていないらしかった。
 そのまま顔を洗うと、井戸の水を桶に移しかえる。プチトマトに水遣りを済ませねばならない。
 柄杓(ひしゃく)でプチトマトに水を遣りながら、俺はふと、幼少時代の頃を思い出す。
「あの頃もよく水をやってたな……」

 俺は実の両親の顔を大して覚えていない。6歳の頃に、家を出されたからだ。なんでも俺の血筋は名誉ある貴族の家柄で、代々6歳から12歳までの間、一般人の家で暮らし平民の考え方を覚えこませる帝王学があるそうなのだ。
 俺が暮らす事になった家は、本当に平凡な家だった。貧しすぎず、裕福すぎず……頑張ればそれなりに暮らしていける、そんな平和で幸せな家庭だった。
 朝は義父の農作業を手伝い、昼は義母の料理を手伝った。俺のプチトマト好きと料理好きは、おそらくこの辺りがルーツなんだろう。
「昔は、幸せだったなぁ」
 別に今が不幸せな訳ではない。ただ純粋に、あの頃は毎日が楽しかった。1年過ぎ、2年過ぎ……やがて俺は12歳になっていた。
 迎えの馬車の窓の向こう側で、涙を浮かべて手を振る義理の家族を見て、俺も泣いた。

 あの穏やかな日々を取り返したい。俺が実家に戻って最初に起こした行動は、脱走の準備だった。
 最初の1年は普通に貴族としての勉学の日々を過ごし、両親や執事達を安心させた。
 そして2年目に、実家を脱走した。目的地は義父達の住む家。  養父の家にたどり着いた俺の目に飛び込んできたのは、煤と炭だけになった廃墟だった。

 実家の、差し金だった。足がつかないよう、カモフラージュの為に各地を転々としていたうちに追っ手に追い抜かれていたらしい。
 脱走者は消す、その為に選んだ手段だったのだろう。理解はしたが、到底納得できる方法ではなかった。
 俺は激怒した。だが、ここで燻し出されては実家の思うままだ。俺は怒りを抑え、実家について調べ始めた。
 曰く1000年以上続く名家。曰く賢君と暗愚とが交互に誕生する家系。曰く政略より愛を取る馬鹿げた結婚政策……。
 膨大な資料のうちに、俺は気になる文献を見つける。
 祖先は世界各地に財産を隠しているというのだ。俺がこの先一人で生きていくには資産がいる。そして、俺が実家の遺産を横取りする事は実家にしてみればさぞや憎たらしく映る事だろう。
 この瞬間、俺の人生目標は決定した。祖先の遺産探しだ。
 先祖の遺産は杳(よう)として見つからなかった。5年経って、見つけた遺産はようやく2つ。うち1つ『伝説の先割れカレースプーン』はあまりに阿呆らしいので売却したのだが、それに異常なまでの高値がついた。
 どれほどの値段かというと、今俺がいる家とプチトマト畑が3個は手に入るくらいの価格だ。たかだかスプーン1本で、莫大な額が動く。
 百を超えるという祖先の遺産。全てを見つけるのは俺には不可能だろう。だが、それでも俺は一生をかけてでも実家に復讐を成し遂げたいと思っている。そう、今も―――

「ししょー!! どこっすかー!?」
 家の方から甲高い声が聴こえてくる。地を見ると影が短い。物思いに耽り過ぎたか。
「おう、俺は畑だー!!」
 その声に心当たりのある俺は、大声で返してやる。じきに黒の上下に身を包ませた金髪の男が駆けてきた。
「いたいた、師匠! 一緒に昼飯食いませんかー?!」
 弟子―――トマト弟子らしい―――ラッセルは息を弾ませたままにっこりと笑う。泣きボクロの上を一筋の汗が通り、涙を流しているように見えた。精悍な顔つきなのに、泣きボクロとピアス、しなやかな体躯のお陰か俺にはどうもラッセルが女々しく見える。だが、ほっそりとした腕につく筋肉、この男もまた相当の訓練を積んでいるのは明らかだ。
「やれやれ、そうだな……メシにすっか! 今日はトマトドリアを作るぞ!」
「おおーっ、流石師匠! 今度は俺がご馳走するっすよ!」
「その言葉忘れんなよー!」
 威勢良く俺達は家へと帰っていく。

 ―――今の俺は、幸せなのだろうか?
 ふと、頭に浮かんだそんな疑問を振り払いながら。



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