第1話  崩壊の音は、思ったよりも小さくて、あっさりとしたものだった。  ピンク色の小石が放物線を描き、男子生徒の足元へと転がり込む。  その小ささ故に気づかない男子生徒。決して届かないと知りながらも手を伸ばす少女。  少女から石を取り上げようとしていた少年、杉蛍太(すぎ・けいた)もまた、口をあんぐりと開けたままその光景を見守るより他になかった。  その瞬間、少女、須藤ミク(すどう・―――)の『たからもの』は粉々に砕け散ったのだった。 「あいつに叩かれたのは初めてだ」  ランドセルを背負い、通学路を下校する蛍太の頬には小ぶりの椛が咲いている。  いつも妙に気になってミクをイジめていた蛍太だったが、今日の出来事は、ミクの涙は、今まで以上に気になった。 「ちぇっ」  舌打ちして、道端の小石を蹴り飛ばす。 「……壊すつもりは、無かったのに」  ミクに嫌われてしまった。  その事実が、蛍太を否応無く憂鬱にさせる。  遅い歩み。商店街に差し掛かる。  海辺の街、遥頭(けいとう)市の商店街は、今日も観光客や地元の住人達が往来し賑わいを見せている。  威勢の良い呼び込みの声。お菓子をねだる幼児。自己主張する蝉の声。  蛍太は、なんだか腹が立った。  自分はこんなに悲しいのに、この街はいつもと変わらずに笑っている。  そんな気がしたのだ。  商店街を横切り、通学路を進む。  商店街をやや外れただけで、町並みはあっという間に寂れる。  発展しているのは、駅周辺と商店街のみだ。  周辺の建物は平屋が増え、木造どころかトタンの家が多くなっていく。  ざまあみろ、そう心の裡で呟いた蛍太。首を巡らせると、どの建物もオンボロだ。  潮風にやられて赤錆まみれのトタン壁。  薄汚れ、掠れて読み取れない看板。 「ひまいえ……てん?」  カタカナと、読めない漢字が入り混じっている。  看板に近寄って、見上げる。 「あ、七海か、えーと……あ!」  年季の入った看板には『七海工務店』と書かれていた。  だが、それよりも、蛍太の眼を引いたのは出入り口脇に貼ってあるポスターだった。 『宝石採掘体験 初心者でも、ラクラク宝石の原石を掘れちゃいます』  煌く宝石を中心にして、右にはそんな文句が踊っている。  左下にはミミズがのたくったような悪筆で 『夏休みの自由研究・卒業論文に!』  という文が付け加えられた上に、二重線で無かった事にされていたりもしたが。 「うさんくせー、宝石採れるなら、なんでこんなオンボロなんだよ」 蛍太の意見は率直すぎたが、事実を言い当ててもいた。 「でも、本当に宝石が採れるなら……ミクの宝石、採れたらな……」